論文「日本のエネルギー・ミックスおよび温室効果ガス排出削減数値目標策定プロセスにおける課題と今後の建設的議論のための提言」

論文「日本のエネルギー・ミックスおよび温室効果ガス排出削減数値目標策定プロセスにおける課題と今後の建設的議論のための提言」

日本のエネルギー・ミックスと温暖化対策数値目標を考える研究者グループ(Japan’s Union of the Concerned Scientists on Energy Mix and Climate Target:略称JUST)は、論文「日本のエネルギー・ミックスおよび温室効果ガス排出削減数値目標策定プロセスにおける課題と今後の建設的議論のための提言」を発表しました。

2017年3月10日

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JUST Issue Paper No.5 日本のエネルギー・ミックスおよび温室効果ガス排出削減数値目標策定プロセスにおける課題と今後の建設的議論のための提言 ...

要約

エネルギー・ミックスおよび温室効果ガス(GHG)排出量を巡る議論は、国の政治、経済、産業・社会構造のあり方を巡る議論でもある。一方、パリ合意の目標を達成するためには、各国がGHG排出削減数値目標を大幅に引き上げることが必要である。しかし、日本の現在の目標や温暖化対策は、他の主要国に比較して、公平性や野心度という観点から十分とは言えない。

これまでの日本のエネルギー・ミックスおよびGHG排出削減数値目標の策定プロセスでは、政府主導のもと、主にエネルギー経済モデルを用いて様々な数値目標の策定・分析などが行われてきた。しかし、1)エネルギー経済モデルにインプットされる数値や前提が現実と乖離している、2)日本のGHG排出削減数値目標と世界全体のGHG排出削減数値目標との間に整合性がない、3)多くのモデルにおいて温暖化対策の実施が自動的に国民経済にマイナス影響を与えるという構造になっている、4)政策措置の導入がモデルには組み込まれてはいない、5)エネルギー・ミックスが策定された後にGHG排出削減数値目標が後付として策定されている、6)モデルの結果の意味を一般市民が十分に理解していない、などの問題点があった。

日本においては、審議会などの政策決定プロセスも多くの課題を持つ。例えば、審議会などの委員は政府が指名した人々であり、企業との研究委託契約や寄付金受託などの利益相反関係を持つ場合が多い。その選考プロセスにおける透明性や公平性には疑問符がつく。事務局が作成する情報も、その背景にある前提条件などが公表されておらず、パブリック・コメントなどの市民参加プロセスは形骸化している。

したがって、政策決定者、モデル制作者、そして一般市民に対して下記のような提言を行う。

提言1:パリ合意および最新の科学に不整合で不公平なGHG排出パスの除外

日本政府は、2℃あるいは1.5℃目標におけるカーボン・バジェット(GHG排出量上限)と気候変動に関する政府間パネル(IPCC)での公平性基準に関する議論に基づく各国GHG排出削減量の幅を尊重するべきである。そして、カーボン・バジェットや気候感度などに関する最新の科学的知見や予防原則に基いて、上記のGHG排出削減量や必要な削減スピードから大きく外れるような排出パスや削減量は日本のGHG排出削減数値目標の検討対象から除外するべきである。

提言2:モデルが持つ課題の認識および改良

エネルギー経済モデルには下記のような課題や限界があり、これらを政策決定者や一般市民が十分に認識するべきである。

第一に、多くのモデルでは、温暖化対策を目的とした政策措置の実施による産業社会構造の変化、温暖化の被害、温暖化対策による副次的効果(例:大気汚染緩和)、税収還元などが考慮されていない。特に、これまで政策措置の経済影響を議論する際に用いられてきた経済モデルの多くは、何らかの温暖化対策を実施すると必ず経済的なロスを示す(GDP成長率を減少させる)ような構造に最初から設定されている。しかし、実際には温暖化対策の実施がプラスの経済効果を示すような状況も生じており、それを定量的に示す経済モデルも開発されつつある。

第二に、生産量などの入力値、投資回収年数、割引率、などの前提にモデルの計算結果は大きく依存し、その計算結果は将来を正確に予言するようなものではない。例えば、素材産業の生産量はしばしば業界の期待値が入力値となり、現実とは結果的に異なる想定がされた。また、投資回収年数を短く設定すれば、初期の設備コストが高くて運転コストは安い再エネの導入可能量は自動的に小さく計算される。しかし、投資回収年数に関しては専門家の間でも議論があり、設定値はモデル間で異なる。すなわち、入力値や前提が十分に現実を反映せず、かつそれらに対する情報が十分に明示化されないで理解もされないまま、計算結果だけが温暖化対策がもたらす将来の姿として「一人歩き」する場合が少なくない。

このような状況を変えるために、1)政策措置の実施による産業社会構造の変化などが計算結果に反映できるモデル構造にする、2)モデルの入力値や前提を政府や業界の期待値などではなく国際経済環境などを客観的に考慮したものにする、3)モデルによる計算結果の意味や限界を政府やモデル制作者が一般市民にわかりやすく伝えるよう努力する、などが必要である。

提言3:審議会の改革

第一に、審議会委員やモデル計算に関わる研究機関は、エネルギー多消費産業などとの利益相反がないことを前提とすべきである。利益相反企業からの寄付金などを受けている場合は、その内容や具体的な金額を公表させる必要がある。英国などは利益相反排除などのために委員の公募制を導入している。日本も、このような先進的な制度の導入を検討すべきである。また、エネルギー・ミックスを議論する審議会とGHG排出削減数値目標を議論する審議会との間にある「主従関係」を正し、両者間の連携をより強くするべきである。

第二に、オーフス条約の精神を尊重し、NGOの政策策定プロセスへの参加に関する新たな制度を創出するべきである。

第三に、基本的に審議会などの委員自らが資料を共同で作成するべきである。それが難しい場合でも、事務局は作成した資料をすぐに情報公開し、その修正加筆に対して委員や一般市民が関与できるようにするべきである。

提言4:市民参加の促進

第一に、米国でのパブリック・ミーティングのように、定期的かつ継続的に気候変動問題やエネルギー・ミックスに関して「熟議(論点を明らかにしながら課題解決を目的とする一般市民も参加するような討議)」を実施するべきである。

第二に、「熟議」やパブコメを専門に分析する分野横断的な第三者機関を作るべきである。

第三に、一定の基準を策定し、それに基いてパブコメの意見を政策の策定に結びつけるような制度を構築するべきである。

提言5:政策立案・分析・評価を行う内閣府直属の第三者機関の設立

各省庁の局・課・審議会・業界団体という縦割りの利益構造による弊害を取り除くことを目的として、内閣府直属あるいは国会内に、1)政府に直接的に温暖化政策をアドバイスする機関、2)高い調査能力を持ち、報告書・提言を作成できる常設の調査機関、3)エネルギー環境分野関連の政策の分析・評価を定常的に行う機関、などの中立で第三者的な組織を設立すべきである。

提言6:炭素排出の社会的費用使用の実質的義務化

GHG排出削減に効果があるレベルの炭素税などが導入されるまで、国、地方自治体、企業、研究機関などに対して、1)エネルギー関連プロジェクトの投資判断の際には米国政府オバマ政権下で推奨されていた105ドル/t-CO2というような炭素排出の社会的費用を用いる、2)その結果を公表する、などを義務付けるべきである。