2019年5月16日
日本のエネルギー・ミックスと温暖化対策数値目標を考える研究者グループ(JUST)
2019年4月23日に日本政府が発表した気候変動に関する「長期低排出発展戦略(案)」(以下、長期戦略案)は、脱炭素社会へのエネルギー転換が必須であり、その緊急性が重大であることを指摘したことは高く評価できる。しかし、そのエネルギー転換の方法や政府の役割に関しては、急激に拡大する市場が生み出す果実を日本企業が享受できないという意味で、首肯できない部分がある。すなわち、現在、日本企業にとって、実用化の可能性や市場の大きさが不明な技術のイノベーションにかける時間的余裕も経済的余裕もない。逆に、政府の明確な方向性の提示がないままに、無駄になるかもしれない研究開発に時間とお金を費やすことは、世界中で起きている爆発的な再生可能エネルギーやエネルギー効率化(省エネ)の導入によるビジネス拡大、雇用拡大、経済発展の機会を逸失することになり、企業だけでなく、日本経済全体をより危険な状況に導く。そもそも長期戦略案は、様々な技術の単なる羅列という感があり、具体的な戦略とは言いがたい。
特に、長期戦略案に頻繁に出てくる「非連続なイノベーション」という言葉が問題である。長期戦略案では、この「非連続なイノベーション」という言葉を、現実にはまだ存在しない、あるいは実用化は先とされる技術という意味で使っているように読める。すなわち、温暖化対策はそのような技術に頼るしか方法がないことを言外に示唆しており、それは「そのような技術を開発する人以外は何もしなくてもよい」という他力本願あるいは責任転嫁も意味する。しかし、現在、世界でも日本でも多くの研究結果が、既存の技術で、すなわち「非連続的なイノベーション」なしでも2050年自然エネルギー100%が経済合理的に可能としている。例えば、LUT and EWG (2019)が、世界145地域の詳細な分析を行って、原子力、CCS(炭素回収・貯留)などを含まない2050年自然エネ100%シナリオの経済優位性を示している。また、日本では、私たち“日本のエネルギー・ミックスと温暖化対策数値目標を考える研究者グループ(JUST)”が、既存技術が普及されれば、大幅な温暖化対策が可能であることを示している(http://justclimate.jp/)。
また、既視感に加えて強い懸念を感じる理由は、ビジネス主導とありつつも、結局は、政府の温暖化対策の多くが日本企業への研究開発費の供与のみとして実施され、それが結果的には日本企業の技術覇権獲得という意味でも失敗となる可能性が小さくないからである。例えば、過去に政府が旗を振った研究開発プログラムとして、サンシャイン計画、ムーンライト計画、そしてニューサンシャイン計画などがあった。それらにおいては、多額の政府予算による研究開発支援が行われたものの、市場創出施策は多くの分野で全く不十分であった。その結果、例えば、12年前には世界シェアの5割以上を占めた日本の太陽光発電メーカーの技術覇権が、その後にあえなく潰えたのは周知の通りである。
すなわち、既存の技術の普及で温暖化対策は可能である。一方、必要なのは、まさに政府による市場創出施策であり、技術普及のための仕組み作りである。そのような仕組み作りで最も重要なのは、市場が反応するような方向性を具体的な数値とともに政府が明確に打ち出すことである。逆に、それがないかぎり、国際社会、企業、市場が何も評価しないのは明白である。
現在、世界では、より厳しい温暖化政策を求める若者が大きな「反乱」を起こしており、それに多くの老若男女が続いている。スウェーデンの15歳の少女がはじめた“Fridays For Future(未来のための金曜日)”という運動は、世界中に燎原の火のように広まり、本年の3月15日には、125ヵ国で160万人の子供や若者たちが学校に行かずに街頭で、政府の温暖化問題に対する無策を訴えた。イギリスでも、2019年4月15日から10日間、大きな抗議運動があり、ロンドンでは、街の中心の一部を封鎖され、1100人以上が逮捕された。
もし、今、日本政府が、このような技術任せ、他人任せの具体性に欠ける長期戦略を発表したら、国際社会は、その戦略としての違和感だけでなく、世界の状況変化に対する鈍感さにも驚き、大きな失望を抱くと思われる。
以上
<参考資料>
LUT and EWG (2019) “GLOBAL ENERGY SYSTEM BASED ON 100% RENEWABLE ENERGY: Power, Heat, Transport and Desalination Sectors”, APRIL 2019.http://energywatchgroup.org/wp-content/uploads/EWG_LUT_100RE_All_Sectors_Global_Report_2019.pdf